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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2945号 判決

主文

一  被告の昭和六〇年二月二四日開催の株主総会における、奥村信幸、奥村朝子及び奥村まゆみをそれぞれ取締役に、奥村武彦を監査役に選任する旨の決議が存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とし、参加費用は被告補助参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一項同旨及び訴訟費用被告負担の判決。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  亡奥村俊二(以下「俊二」という。)は、被告の株式七〇〇〇株を有する株主であった。

(二)  俊二は、昭和五七年三月二四日死亡し、その法定の相続人は妻の奥村正枝(以下「正枝」という。)及び原告を含む七名の子であった。

(三)  正枝は、昭和六〇年二月二三日死亡し、その法定の相続人は原告を含む七名の子であった。

(四)  よって、原告は、他の六名の相続人とともに被告の株式七〇〇〇株を共有する株主である。

2(一)  被告は、昭和六〇年三月一一日名古屋法務局に、同年二月二四日、株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催し、奥村信幸(以下「信幸」という。)、奥村朝子及び奥村まゆみをそれぞれ取締役に、奥村武彦(以下「武彦」という。)を監査役に選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)が行われたとしてその登記申請手続をし、同日その旨の登記がされた。

(二)  しかし、右日時に被告が本件株主総会を開催したこともなく、本件決議をなしたこともないので、原告は本件決議の不存在の確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の(一)から(三)は認め、その(四)は争う。

2  同2の(一)は認め、その(二)は否認する。

三  抗弁

1(一)  原告は、被告備付けの株主名簿に株主として記載されていない。

(二)  仮に、俊二の死亡によって、原告が被告の株式を共同相続したとしても、持分権者のままで株主の権利を行使することはできない。

2(一)  俊二は、実質上、被告の株式全部を有していたところ、昭和五〇年頃、信幸に対し、右株式全部を無償で与えるとの意思表示をし、同人はこれを受諾した。

(二)  従って、原告は、被告の株主ではなく、被告の本件決議不存在確認の訴をなすべき利益を欠く。

3  仮に、1、2の事実が認められないとしても、原告は、被告代表者の信幸との間で、父俊二及び母正枝の各遺産の分割を巡って争いがあるところ、本訴の目的は右争いの相手方である信幸及び武彦に対するいやがらせにあり、訴権を濫用するもので、不適法である。

4(一)  俊二は、実質上、被告の株式全部を有していたところ、昭和五〇年頃、信幸に対し、右株式全部を無償で与えるとの意思表示をし、同人はこれを受諾した。

(二)  よって、信幸は、被告の唯一人の株主として株主総会に出席したものであるから、特に株主総会の招集手続を取る必要がなく、総会が有効に成立したものである。

四  抗弁に対する被告の認否及び主張

1(一)  抗弁1の(一)のうち、原告らが被告の株式を共同相続したことにつき、被告の株主名簿上まだその旨の名義書換手続がされていないことは認める。

(二)  しかし、これは、前記俊二及び正枝の共同相続人の間で遺産の分割を巡って争い等があって、実際上分割協議も権利行使者も定めることもできないため、被告に対し名義書換を請求することが不可能の状態にあり、また、仮に名義書換を請求したとしても、被告の代表者とされている信幸が、本訴で明らかなように、被告の全株式が俊二から自己に贈与されたと主張し、原告が右株式を共同相続したことを争っているから、被告が原告の共同相続を原因とする名義書換請求を拒絶することは明白だからである。

(三)  右名義書換の拒絶は正当な理由がないから、このような場合、被告は名義書換がなされていないことを理由に右共同相続に基づく株式の移転を否認することができないと解すべきである。

2(一)  抗弁1の(二)のうち、被告の株式が共有の状態であることは認める。

(二)  しかし、商法二〇三条二項は、会社の事務処理の便宜のための規定であるところ、被告はもと株主が俊二一人の会社であったものであり、右のような会社の株式の共同相続人間で遺産の分割に争いが生じたり、会社支配を巡って争いが生じたりすると、株式の分割協議をすることも、権利行使者を定めることも実際上困難になり、かくては、共同相続人の一部の者のみによって不正な会社運営、違法で無効な株主総会決議がされたり、不存在の株主総会決議によって役員変更登記がされる等の不正行為がされても、他の共同相続人が同条項によってその権利行使を妨げられることになると、結局これらの不正を傍観せざるを得なくなり、同条項がむしろ不正を助長する結果となり、社会的にも著しく不合理なものとなってしまう。そして、このように閉鎖的な会社の支配又は運営を巡る争いの中で同条項が右のように有力な武器として機能し、結果的には不正に加担するような事態を立法者が予想又は容認していたものとは到底考えられない。

(三)  また、株主総会決議不存在確認の訴は、株式を有するものであれば株主たる地位に基づいてこれを提起することができるのであり、当該株主が株式を何株有するかは問わないのであるから、株式の共同相続人が分割協議により具体的に何株を分割取得するかは重要なことではない。その意味では、同じ株主の権利行使でも、議決権行使等その株式の数額が確定していることを要するものとは性質が異っている。従って、株式の共同相続人であり、共有者であることが明白であれば、共有株式の分割を待たなくとも、株主総会決議不存在確認の訴を提起できると認めても弊害はない筈であり、前記のように共同相続人間に紛争があって分割協議をすることも権利行使者を定めることもできない場合には、特にこれを認める必要性が強いのであって、このような株式共有者の権利を保護することは、会社の事務処理の便宜という同条項の立法趣旨よりも優先されるべきである。

(四)  以上の次第で、本件の場合には、共同相続した株式の分割協議が未了であり、権利行使者の定めがされていなくても、原告は被告の株式の準共有者たる地位に基づいて株主総会決議不存在確認の訴を提起する資格も利益も有していると解すべきである。

2(一)  抗弁2の(一)のうち、俊二が実質上被告の発行済み株式七〇〇〇株を有していたことは認め、その余は否認する。

(二)  右七〇〇〇株すべてにつき、昭和三四年に株券が発行されているところ、俊二が信幸に対して右株券を交付した事実はない。

3  抗弁3は否認する。

4  抗弁4は争う。

第三  証拠(省略)

理由

第一  原告の本訴による利益

一  被告が、昭和六〇年三月一一日名古屋法務局に、同年二月二四日本件株主総会が開催され、右総会において本件決議があったとして登記の申請をなし、同年三月一一日その旨の登記がなされたことは当事者間に争いがない。

二1  本件のような株主総会決議不存在確認の訴えを起こすことのできるのは当該会社の株主に限られるものではなく、右訴の利益を有するものであれば何人でも訴を提起できるものと解するのが相当である。そこで、原告に右訴の利益があるか否かを見ることとする。

(一) 俊二が被告の株式七〇〇〇株を有していたこと、右俊二が昭和五七年三月二四日死亡したこと、その相続人が妻である正枝及び原告を含む七名の子であったこと、正枝が昭和六〇年二月二三日死亡したこと、その相続人が原告を含む七名の子であったことは当事者間に争いがない。

(二) 信幸が、昭和五〇年ころ、俊二から被告の株式全部の贈与を受けたとの被告の主張に沿うと見られる各証拠につき検討すると、

(1) 被告代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一号証の記載内容は、必ずしも俊二が信幸に被告の株式を贈与したというものでないのみならず、原本の存在及び成立につき争いない甲第四号証によれば、正枝が俊二の遺産の分割の調停を申立てるに際し、右乙第一号証に信幸に贈与されたと記載された物件をも俊二の遺産としており、

(2) 証人兼松源吾の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第二号証の記載内容も、信幸が昭和三三年に婚姻するに際し、俊二が信幸に分家財産として俊二が経営する旅館東山荘の土地及び建物を配分すると約したというに過ぎず、被告の主張するように昭和五〇年に被告の株式の贈与があったというものではなく、

(3) 弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したことが認められる乙第七号証も、信幸が結婚する際、俊二が将来信幸に五〇〇万円または旅館を与えるという話があったこと、同人が商売をやりたいというので旅館をやれといったというに過ぎず、

(4) 被告代表者本人尋問の結果は、成立に争いない乙第四号証の一、二、第五号証の一ないし三及び原告本人尋問の結果によれば、俊二が原告との間において、昭和三四年頃から昭和四八年までの間、被告の株式の帰属等を巡り、訴訟によって争っていたことが認められるところ、右各証拠から窺える俊二の性格から見ても、真実、信幸に被告の株式を贈与したのであれば、直ちに株式の名義を信幸に変更するなどして、後日に再び親族間で紛争が生じないような手当てをする筈なのに、俊二が死亡するまでにそのような手続を取った形跡が全く認められないことや成立に争いない甲第二、三号証の各一、二によれば、信幸が俊二から株式と同時に贈与を受けたという東山荘の敷地について右贈与を受けたと称する昭和五〇年以後も被告から俊二に対しその賃料が支払われていることが認められることの他、証人福本順子の証言及び原告本人尋問の結果に照らし採用できず、

結局、右各証拠により被告の主張事実を認めることはできず、他に、これを認めるに足る証拠がない。

(三) よって、信幸が俊二から被告の株式全部の贈与を受けたとの抗弁は認められない。

2(一)  原告が被告に対し、株主の名義書換請求もせず、かつ株主権を行使するについての代表者を被告に届けていないことは当事者間に争いがない。

(二)  しかし、証人福本順子の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、右名義書換手続及び代表者届出がいまだにできないのは、共同相続人間で遺産の分割について協議が調わず、また、株式の帰属を巡って被告の代表者として登記されている信幸と原告らとの間で紛争がある等の事情によるものと認められ、このような場合、右手続を早期に取ることは事実上不可能であり、その間被告の運営が適法に選任されないものによってなされ、既成事実が作られ、被告に対して回復が極めて困難な損害を与え、ひいては同社の株式を共同相続した原告にも損害を及ぼす虞があるから、原告は右のような事態を避けるため、まだ右手続をしない段階でも、本訴により右決議が不存在か否かの確認を受けて、会社の機関が適法に選任されたものか否かを確定する利益を有するものと解するのが相当である。

3  よって、原告は本訴につき訴の利益を有する。

三  権利の濫用の有無

1  俊二及び正枝の相続人間で右両人の遺産を巡って紛争があることは当事者間に争いがない。

2  しかし、他に紛争があるからといって直ちに本訴がいやがらせを目的とするものと認めることはできず、他に本訴が権利を濫用するものと認めるに足る証拠がない。

第二  株主総会決議の存否

一  被は、被告の株主は信幸だけであり、同人ひとりが株主総会に出席したことにより右総会が成立したと主張するが、前記の通り、被告の株式が俊二から信幸に対して贈与されたものではなく、俊二の相続人らにより共同相続されたものであるから被告の右主張はその前提において理由がない。

二  他に、本件決議があったと認めるに足る証拠がない。

第三  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、参加費用について同法九四条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

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